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〜聖書「重要聖句」講解<94>〜

A.K.

2025年9月7日

《Scripture94:『まことに、あなたがたに告げます。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者で、だれひとりとして、』ルカ18:29》
〜“神中心信仰”のステージで生きる <3>〜

ルカ18:28-30

1)   メッセージのサマリー

イエス・キリストは、ペテロや弟子たちの 選択・決断・実行を、当時のユダヤ社会で“第一に大切なもの”とされた“自分の家=家族”よりも、神様を第一として働きに仕えることを選択し従ってきた、と評価された。そしてこのように“ご利益信仰”を乗り越えて“神中心信仰”のステージに達し、託された使命を全うしようとするキリスト者たちは、“地上の人生”においては「神様以上の存在=ご利益」であったものを凌駕する神様の恵みを、来るべき“新天新地”においては“永遠のいのち”に付随する様々なよき報いを受けると教えられた。つまり“神中心信仰”とは、「“神様以上に大切なもの”を持たない」という“信仰のステージ”であり、そこに立つためには、自分にとって“神様以上に大切なもの”を一つひとつ「引き剥がしてゆく選択・決断・実行」を積み重ねてゆかなければならないということである。そのようにして“神中心信仰”のステージに至り、託された使命を果たそうと生きているキリスト者を神様は祝福してくださり、“世・よ”の人々が決して手に入れることのできない“真の恵み”を報いとして与えてくださる。


2)   インスピレーション&アプリケーション

文字通り「神の国のために、家と家族を捨てる」ことはカルトが強いることであり、神様がおっしゃっているのは「神様以上に大切なものを持たない(引き剥がしていく)」ということである。また、自分にとって“神様以上に大切なもの”つまり「これさえあればという御利益(偶像)」に気づくたびに、一つひとつ自分の世界から引き剥がしていくことの繰り返し、積み重ねであるのだ。あるいは、神様を「自分の最も大切なもの」とし信仰のパイプを太くしていく毎に、それ以外の大切だったものがポロッと剥がれ落ちるのかもしれない。いずれにしてもその大切だったものより遥かに良いものが、恵みと報いとして用意されているという約束は、神様からの大きな励ましである。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

神様を私の最も大切なものと決めたとき

大切であったものは掌からこぼれ落ち

その先すべての歩みが真の恵みに満ち溢れる

© イエス・キリスト誠心教会

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