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〜聖書「重要聖句」講解<79>〜

A.K.

2025年5月25日

《Scripture79:『もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください。』ルカ13:9》

ルカ13:1-9

1)   メッセージのサマリー

当時のユダヤの宗教指導者たちは、“律法に違反する行ない”や“受け継いだ呪い”が災害に遭うといった“裁き”をもたらす原因とし、それらの行ないを避け、呪いを解く儀式を受け取れば「報い=滅び」を避けられると考えていた。そこでイエス・キリストは、“神の国の福音”を信じて神様のみ前に悔い改め、“永遠のいのち”を受け取ること以外に、“神様の裁き=滅び”から逃れられる道はないことをはっきりと教えられた。つまり「罪の報い=滅び」を受けるのは、「特別に何かをした人々=罪深い人々」ではなく “全ての人=人類全部”であり、神様は“神の教会”の宣教活動を通して「“実を結ぶ者たち”=悔い改めに至る者たち」が少しでも増やされることを願って<恵みの猶予期間>を与えられているのだ。しかし“裁きの時”が到来したら「悔い改めていない者たち=“永遠のいのち”を持たない者たち」は全て滅びるという<神の義の成就>を、私たちキリスト者は、臆することなく伝えていかなければならない。


2)   インスピレーション&アプリケーション

私たちが今置かれている時代は、“神の裁き”の前の“猶予期間”である。神中心ではない自己中心を悟り「悔い改めの恵み」を受け取って、“永遠のいのち”を受けた後も、自己中心性を悔い改めて、神中心の恵みに戻る歩みが、私たちの地上の人生である。この恵みの中に住まう生き方を、一人でも多くの人に示し伝える働きが、私たちに託されている。メッセージの中で印象的だったのが、「悔い改め」の逆は「開き直り」であるということ。自分自身の自己中心性に気づこうとせず、自己防衛のためにかえって相手を責めるか、スルーして開き直るのではなく、神様が喜ばれるのは、「直ぐな心」であり、示された真実を悟って悔い改め、神様の恵みを受け取って歩んでいくことなのである。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

神の裁きは公明正大。因果応報ではなく

私の選択(悔い改め)が恵みの実を結ぶ。

© イエス・キリスト誠心教会

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