
A.K.
2025年5月11日
《Scripture77: 『すべて、多く与えられた者は多 く求められ、多く任された者は多く要求されます。』ルカ12:48》
ルカ12:42-48
1) メッセージのサマリー
キリスト者は「多くを与えられ、多くを任された者」である。神様から授けられた“賜物”を十分に用いて、託された“良い働き”に忠実に取り組む者たちは、託された使命を全うし価値あるものを創造することのできる“地上の人生”を生き、やがて天の御国で大きな報いを受け取ることができる。しかし一方で、神様から託された“賜物と召命”を悟りながらも受け入れず、授けられた様々な良いものを「自分のために浪費する」ことで“地上の人生”を生きてきたキリスト者たちは、“永遠のいのち”は持っていても“良い報い”を十分に受けることはできない。信仰者としての歩みが短く、託された“賜物と召命”を悟ることができずに「するべきことができない」ような者は、その責任をしばらくは厳しく問われることはないが、歩みが長く“賜物と召命”を悟っている者たちは、それらを受け入れて、“キリストの弟子”として「するべきことをする=“良い働き”に忠実に取り組む」“地上の人生”を生きてゆかなければならない。
2) インスピレーション&アプリケーション
忠実な賢い管理人(キリスト者)、不忠実な管理人(キリスト者)、不忠実な者(未信者)、と3つの生き方の行く末がはっきりと教えられている箇所。永遠のいのちを持ち、授けられた“賜物”を十分に用いて、託された“良い働き”に忠実に取り組む生き方は、それだけで祝福多き“地上の人生”である。そればかりか、その先に神様からの特別な“良い報い”が待っているのだ。その報いも楽しみにしつつ、いただいている良いものを自分のために浪費するのではなく、御心のために用いようとする者でありたいと思う。またこれは子育ても同様で、賜物である子どもを、自分の物として消費しようとしないという戒めも、しかと心に留めおきたいと思った。不忠実な管理人にはならないように…。
3) メッセージから紡ぐフレーズ
多くを与えられ、多くを任された者。
この真実を悟り、主人に対し忠実に生きる者は、
地上の人生もその先でも大きな祝福を受ける。