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〜聖書「重要聖句」講解<25>〜

A.K.

2024年3月10日

《Scripture25 :「そこでペテロは、...イエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。」》

マタイ26:75

1)   メッセージのサマリー

悪魔の仕業により、一縷の信仰をも打ち砕かれる状況に追い込まれたペテロは、自分が助かるために、それまでの全てを捨てて従ってきたイエス様を自ら裏切った。ここまではユダと一緒であるが、喪失感に打ちのめされ激しく泣いたペテロは、その後悔い改めてもう一度“神中心”に立ち返る決断をし、再び神様に託された働きに生きる人生を歩んだ。イエス・キリストを信じて救われ“永遠のいのち”を与えられたキリスト者は、神様の与えてくださる“復活の命の力”を“エネルギー”として、どのような状況の中からでも「新しくやり直す」ことができる。そのためには、ペテロのように“自己中心”を悔い改め“神中心”に生きようと常に新しく決断し、神様から託されている「賜物と召命」に献身することが必要である。

 

2)   インスピレーション&アプリケーション

裏切ったところまではユダもペテロも一緒。裏切ったその先の選択で、自分で自分を裁く“自己中心”を貫き通すのか、それとも悔い改めて“神中心”に立ち返るのか。それだけの違いであったという点が、頭の中にスッと入ってきた。このことは、私たちは自分自身の選択で、どんなところからでもいつでもやり直しがきくという大きな希望である。私たち人間は、自己中心であるが故に道を誤り、また完璧ではないため失敗もする。しかし“復活の命の力”を取り込んで、いついかなるところからも新しく生きることができるのであれば、間違いや失敗を恐れることなく、見捨てられ不安に苛まれることもなく、神様の深い愛に安心して堂々とこの地上の人生を生き抜いてゆくことができると思った。

 

3)   メッセージから紡ぐフレーズ

間違えても失敗しても、神中心に立ち返り、

いつどこからでも新しくやり直すことができる。

この真実が私たちの希望となり力となる。

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