
A.K.
2026年8月9日
《Scripture 138:『平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。』(マタイ5:9)》
マタイ5:7-10
1) メッセージのサマリー“幸いな人”の教え <2>
5章7〜10節は「“幸いな人”と他者との関係」がテーマである。自らが「心の貧しい者=霊において極貧である者」であることを悟り、イエス・キリストを信じて救われた者たちは、「神様との平和」を回復されて、神様とのみ前に正しい他者との関係を構築することができる。そして
「あわれみ深い者」
=神様から受けた「あわれみ」を土台とした他者に対する「あわれみの心」を持ち、
「心のきよい者」
=心の深みにある動機が「純粋<“自己中心”ではない>」であり、
「平和をつくる者」
=常に自分と周りの世界との間に“神の平和”を求め、
「義のために迫害されている者」
=迫害に屈せず常に「神様のみ前に正しいこと」を求め続ける、
“幸いな人”となることができる。
2) インスピレーション&アプリケーション
どれも大事な教えであるが、今回の箇所の中で心に迫ってきたのは「あわれみ深い者」「平和をつくる者」である。他者の自己中心のゆえに受けてきたものを、どれだけ深く赦すことができるかという意味で「あわれみ深い者」となることができること。そして十字架によって神様と和解し神の平和を取り戻した者は、他者との間でも「平和をつくる者」となれること。その土台となるのは、自分がどれだけ深く神様に赦されているかを実体験してたましいに刻みつけているかということ。「赦す」選択により、相手のことを神様にゆだね「自分が裁く」という束縛から解き放たれたなら、その選択により神の平和がまたこの世界に拡がっていく。神様がどれだけ深く私の自己中心性を赦しておられるのかを悟って土台とし、真に「あわれみ深い者」「平和をつくる者」となりたいと思わされた。
3) メッセージから紡ぐフレーズ
空っぽの自分を満たすことができるのは神様だけ。
この真実を深く受け取る者たちは、自分以外の人との
間にも神のよいものを満ち溢れさせることができる。