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〜聖書「重要聖句」講解<134>〜

A.K.

2026年7月12日

《Scripture 134:『イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した」と言われた。そして、頭をたれて、霊をお渡しになった。』(ヨハネ19:30)》

ヨハネ19:17-30

1)   メッセージのサマリー

旧約聖書に記された一つ一つの預言の成就を受け、イエス・キリストは「完了した」と言われた。それは、 “イエス・キリストの十字架”によって、すべての人の「借金=“罪”」の支払いが完遂したという意味であり、旧約聖書が規定していた犠牲の捧げ物、律法、祭司制度などはすべて終了し、“イエス・キリストの十字架”のみが永久に「贖い」の役割を果たす「新約の時代」が到来したことの宣言であった。神様は、世の終わりの裁きの時に、すべての人を二つに分けられる。「“イエス・キリストの十字架”の贖い」を受け入れて“永遠のいのち”を受けた者と、それを受け入れない選択をした者である。そのための神様の御業は、“イエス・キリストの十字架”の御業によってすでに「完了して」おり、動かされることはなく、別の新しい何かが現れることはない。

 

2)   インスピレーション&アプリケーション

キリスト者は自己中心を悔い改めて救いを受け取り、“永遠のいのち”を受けた者たちである。そのためには、まず創造主なる唯一の神を自らの支配者とすること。そして「“自己中心”に生きていること=罪」を認めて悔い改め、“神中心”に生きる決断をすること。その上で神様から赦されることが必要であることを認め「イエス・キリストの十字架の死」が自分自身の「罪の贖い」であったことを受け入れる必要がある。自分の力で自分を守ろうとする防衛反応で自分の世界を作り続けていないか、その過剰反応のゆえに人を巻き込んだり傷つけたりしていないだろうか。自己中心の罪に気づき、神様の前に悔い改めて赦され、神中心に戻ろうとし続けること、神中心を選び続けることが、今まさに私にも突きつけられている。「別の新しい何か」ではなく「すでに備えられた良いもの」を受け取っていきたい。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

握りしめたものを神様のみ前に悔い改め手離す。

イエス様の十字架が赦しを受け取る唯一の道。

© イエス・キリスト誠心教会

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