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〜聖書「重要聖句」講解<130>〜

A.K.

2026年6月14日

《Scripture 130: 『あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。』(ヨハネ15:16)》

ヨハネ15:13-19
ヤコブ4: 4,7

1)   メッセージのサマリー

「友」とは、深い交流がなくただ命じられた仕事を行うだけの「しもべ」とは違って、深い信頼を土台とし、顔と顔を合わせてお互いを深く知り合う関係である。イエス・キリストは、弟子たち(キリスト者)が神様の「友」となることができ、「“神の真実”を隠さないで共有する特別な関係」となったことを宣言された。そして、イエス・キリストは弟子たち(友=キリスト者)のために十字架に架かり命を捨てて“救い”の御業を成し遂げられるが、それは“世・よ”には存在しない“神の愛”の現れである。一人ひとりのキリスト者は、神様によって“世・よ”から選びだされて、救われ、神様の“働き”に仕える弟子に任命された“神の友”である。そのように選び出された“神の友”を、元の世界である“世・よ”は引き戻そうとし、あるいは憎み迫害する。しかしキリスト者は、そのような「“世・よ”の友」とならず、“迫害”を乗り越えて毅然と生きてゆかなければならない。

 

2)   インスピレーション&アプリケーション

この一節を見るといつも力が湧いてくる、私にとってはそんな箇所の一つである。私が選んだのではなく、私が選ぶ前から、神様は私を選び、価値ある働きの一端を担うものとしてくださっていた。この真実は、かけがえのない神様からのCalling(使命、呼びかけ)であり、特別な私のidentityである。しかもそればかりか私たちは“神の友”とされているのである。「私はあなたをよく知っているし、その上で私の友だよ」と初めから言われることの喜び。神様の側から示してくださった私たちへの深い信頼、深い愛がすでにあるので、私たちはそれを理解して受け取り、応答するだけでよいのだ。“世・よ“の持つ強い力に引き戻されず、「友」とされた恵みの中に生き続けることは、私たちの義務ではなく特権である。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

神様は私が知るよりも先に私を選んでくれていた。

この真実が、私が今のわたしであることの理由。

© イエス・キリスト誠心教会

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