
A.K.
2026年4月12日
《Scripture121:『「わたしはさばきのため にこの世に来ました。それは、目の見えない者が見えるようになり、見える者が盲目となるためです。」』ヨハネ9:39》
ヨハネ9:30-41
1) メッセージのサマリー
ユダヤ人宗教指導者たちは、無学の“盲目だった人”に「正しい神様の教え」を説かれ面目を失ったことに怒り、「盲目に生まれついたこと」と特定の罪を結びつけて彼を攻撃し、「社会的な死」を意味する「ユダヤ人社会からの追放」という暴挙に出た。彼の両親はそれを恐れイエス・キリストを“預言者=救い主”と認めることを避けたが、本人は脅かしにも屈せず勇気を持って、自分を癒した方は聖書で預言された救い主であるという“神の真実”を証した。「ユダヤ人社会」から排除されたこの“盲目だった人”はこの後、イエス・キリストによって探し出され、ご自身が救い主であるという“神の真実”を明示されたことに応答し、イエス・キリストを信じて一つとなることを選択して“真の神の民”の一人として加えられた。イエス・キリストを信じて救われた者たちは、霊的に“盲目”であった「目が開かれ」、“神の真実”を悟ることができるようになり、その“恵み”の中に身を置くことができる。一方で、自分は「目が見えている=全てを悟っている」と傲慢になっている者たちは、“神の真実”を真に悟ることができず、その“恵み”の中に入ることはできない。
2) インスピレーション&アプリケーション
キリスト者でも、真実を悟っていると思い込み実際には不安のためその真実から目を背けているときには、当然ながら真実を悟れずその恵みを味わうこともできない。この盲人のように窮地に置かれてもなお、目の前に展開する神の真実を受け入れ、心柔らかにしてその真実を悟ろうとするならば、神様は私たちの目を開いてくださる。自分自身も常に「悟った者ではなく悟ろうとする者」でありたいと思った。また、この人が盲目に生まれついたのは罪でも呪いのためでもなく、「神のわざがこの人に現れるため」というイエス様の一言に現される真実には、いつも自分の中に深い癒しと慰めが拡がる。
3) メッセージから紡ぐフレーズ
生まれつきの弱さや欠けも神様の布石。
神様は真実を悟ろうとする者の目を必ず開き
他にはない恵みへと引き入れてくださる。