top of page

〜聖書「重要聖句」講解<120>〜

A.K.

2026年3月29日

《Scripture120:『あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』ヨハネ8:32》

ヨハネ8:30-36

1)   メッセージのサマリー

「ほんとうのキリストの弟子」ではなかった多くのユダヤ人たちは、「今までだれの奴隷になったことはない=自由人である」と反発し、自らが未だ「罪の奴隷=罪と死の法則の束縛」の中にあることを認めていなかった。彼らは実際には“自己中心”の目的からイエス・キリストを「利用しよう」としていただけであり、そのような「罪の奴隷」の状態の者たちは、いつまでも“神の家”にとどまることは保証されておらず、やがて神様によって外に出されることになる。一方で「ほんとうのキリストの弟子」である“神の子=息子”たちは、自らの「自由な意志」でいつまでも“神の家”にとどまることのできる「本当の自由」を手に入れることができると、イエス・キリストは教えられた。つまり『ほんとうのキリストの弟子=真のキリスト者』とは、イエス・キリストを“自分の世界”の“主=支配者”として受け入れ、その命令に従って生きる(“神中心”)者たちである。そのような『ほんとうのキリストの弟子=真のキリスト者』たちには“キリストにある自由”が与えられて、自分存在のすべてを神様に委ねて“地上の人生”を安心・安全に生きてゆくことができる特権が与えられる。


2)   インスピレーション&アプリケーション

30節の「イエスを信じた」人たちと、31節の「その信じたユダヤ人」は日本語では同じ意味にしか捉えられないが、原語でも英語でも違いは明らかであり、前者は「みことばの中に入り込んでとどまる」者たちという意味、後者にはその意味がないので「自分に都合の良い救い主として受け入れた」者たちであるという解き明かしが非常に興味深かった。また「みことばにとどまるほんとうの弟子」だとしても束縛は残り得るが、受け取った「キリストにある自由」を土台として自分の世界を見つめなおし、その中心に神様を置く選択・決断・実行を日々行いながら、さらなる自由と成長を実体験していくことができるというメッセージにも大変励まされた。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

みことばを自分の中心に沁み渡らせ続ける者は

全ての束縛から解き放たれて自由にされる

© イエス・キリスト誠心教会

bottom of page