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〜聖書「重要聖句」講解<118>〜

A.K.

2026年3月15日

《Scripture118:『そこでイエスは彼らに言われた。「わたしの時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも来ているのです。』ヨハネ7:6》

ヨハネ7:1-9

1)   メッセージのサマリー

人々の前で御業を現し、ご自分が“救い主”であることを公に示されたイエス・キリストは、ユダヤ人指導者・宗教者たちの迫害の対象となり、神様が定められた「“御業=十字架”の時(過越の祭り)」までの間、捕縛される機会を与えないように慎重に行動されていた。しかしその兄弟たちは、人々が大勢集まる祭りの期間を“最適な時”と考えて、“世・よ”で事を為して人々に認められたいのなら、この仮庵の祭りの機会をとらえてエルサレムに行って“御業を現す”ことをしなさいと、イエス・キリストを促した。彼らはイエス・キリストを“救い主”として信じておらず、“世・よ”的価値基準に従って「自ら時を動かすこと」を勧めたのである。このように神様を信じず“世・よ”的価値基準で自己中心的に生きる者たちは、「好きな時に好きなことをする“自分の時” 」の中で生きている。一方で、イエス・キリストを信じて“永遠のいのち”を持つ者たちは、神様から託された使命を全うするために、神様の御心に従って「正しい時に正しいことをする」という “神の時”の中で生きることを“選択・決断・実行”する。


2)   インスピレーション&アプリケーション

全てのことに“神の時”があり、祈り求め続けながらもするべきことをコツコツと積み上げて一歩一歩進んでいくこと、そして“神の時”が満ちたときには大胆に行動することが大事であるが、私たちはその逆。自分の考えで“自分の時”を引き寄せようとし、“神の時”が満ちたときにはするべきことをしない選択をしやすいと学んだ。それを見極める目を養うには相当な鍛錬が必要に思われるが、李師の「自分の力で時を動かそうと失敗してきたこともたくさんある」という言葉に励まされた。最も大切なことは、神のご支配に身を委ねているか、神様を第一にしようとしているか、その一点だけである。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

自分の考えで“自分の時”を引き寄せるのではなく、

神様を信頼し“神の時”を待って飛び込む。

それは恐れの中で失敗しないようにと歩むのではなく、

何があっても大丈夫という神のご支配に生きること。

© イエス・キリスト誠心教会

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