
A.K.
2026年2月8日
《Scripture113:『神は霊ですから、神を礼 拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。』ヨハネ4:22》
ヨハネ4:19-26
出エジプト31:13
1) メッセージのサマリー
イエス・キリストと“サマリヤの女”の対話<2>
自らの“たましいの必要”の核心部分を言い当てられた女は、真のテーマから焦点を逸らすために“神学論争”を仕掛けた。それは、長年ユダヤ人とサマリヤ人が争ってきた、「エルサレム神殿とゲリジム山神殿のどちらが真の礼拝場所であるか」というものであったが、イエス様は丁寧に応えられ、長年の論争に決着をつけられた。それは、自分自身が「救い主=メシア」(女が求めていた答え)であり、これからは、1)礼拝をするのに特別な場所や日時、決められた儀式などは必要なく、誰でも自由に神様を礼拝することができること、2)神様が求めておられるのは“真の礼拝者”であり、それは「霊とまことをもって父を礼拝する人々」であることを教えられた。天地の創造主である神様を真に礼拝できるのは、イエス・キリストを信じて救われた“霊”と、神様に対する真の知識である“まこと”によって礼拝することのできる、私たちキリスト者だけである。“真の礼拝者”となるためには、一週間のうちに「礼拝日」を定めて、神様を礼拝する日を必ず持たなければならない。
2) インスピレーション&アプリケーション
私たちは、地上の人生を生きている間に、礼拝日を定めて神様を礼拝することを、必ず守り行わなければならない。義務ではなく、「霊とまこと」によって“真の礼拝者”になることができるキリスト者としての特権なのである。 その特権を差し出されている私たちが、それを受け取って行使し “真の礼拝者”とされる。曜日、時間、場所にこだわる必要はなく、基本的な構成要素(賛美、みことばの学び、祈り)以外の方法や様式もこだわる必要はないとのみ教え。一週間のうちに礼拝日を決めて礼拝を捧げる、この神の民としての日常を核とし地上の人生を送り続けたい。
3) メッセージから紡ぐフレーズ
“真の礼拝者”とされるために大切なのは、
形式ではなく、私たちの霊と神のまことが
そこにあること。救いを受けた者たちが、
神様に特別な時間を捧げること。