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〜聖書「重要聖句」講解<111>〜

A.K.

2026年1月25日

《Scripture111:『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』ヨハネ3:16》

ヨハネ3:16-21
黙示録20:11-15

1)   メッセージのサマリー

神様は、“世の終わりの時”に“裁きの座”に着かれ、すべての贖われていない罪=“自己中心”を裁かれる。しかしそれまでは、一人でも多くの人<世>が「救われて“永遠のいのち”を受けること」を望んでおられるために、救い主である御子イエス・キリストを送られた。イエス・キリストを信じる者たち(①“創造主なる唯一の神”を自らの支配者とし、②“自己中心”に生きていることを認めて悔い改め“神中心”に生きる決断をして、③「十字架の贖い」を受け入れた者たち)は、神様によって“滅び”から救い出されて“永遠のいのち”を与えられ、“新生した霊”によって「神様の御前に正しく生きること」を選択する。一方で、信じない者たちは、自分の罪が明るみに出されるため、“光=イエス・キリスト”の下に身を置こうとせず、“闇=悪魔の支配”の下に身を隠す。


2)   インスピレーション&アプリケーション

日本人に“信じる”ことを説明するには、3段階が必要であることを改めて学んだ。自分が「信じたい」と決断できた経緯はどうであったか…。地域的なものもあって八百万の神々の洗脳が強く、“創造主なる唯一の神”をまずは受け入れ難かった。同時に、その中で頑張って生き抜いてきた自分が“罪人”であることも理解できなかった。しかし人間が作った神々ではなく、“創造主なる唯一の神”がいるならば、私ももれなく神中心ではなく自己中心に生きてきたことが分かるため、この順番は重要である(悪循環パターンの学びも、罪人であることの理解を更に深めることとなった)。ここまで理解できると、あとは信じて生きたいか、信じないで生きたいかだけであり、前者を選ぶならば、赦し(十字架の贖い)を受け取るだけである。それにしても改めて当時を振り返り、四半世紀前の私が救いに導かれたのは、正に神業だったとしか言いようがない。神さまの憐れみ深いご計画に感謝!


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

滅びではなくいのちの道を歩むようにと

差し出された神様からの一方的な恵み。

受け取って生きる人生は今ここから始まる。

© イエス・キリスト誠心教会

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