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〜聖書「重要聖句」講解<107>①〜

A.K.

2025年12月7日

《Scripture107:『「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」』ルカ24:32》PART1

ルカ24:13-32

1)   メッセージのサマリー

キリストが復活し「女たち」に姿を現されたその日、エマオへの途上にあった二人の弟子は、“十字架の御業”を「弟子として従ってきた師が処刑されたこと=自分たちの身に起こったこと」と捉えて論じ合い、“本当の意味=神の真実”を理解することはなかった。それゆえ、出来事の“真の当事者”であるキリストご自身が自分たちと共に道を歩いていることにすら気がつくことはなかった。また、イエス・キリストは“自分の世界”に止まり続ける弟子たちに対し“神の真実”を悟ることができるよう“働き”を始められたが、その一人クレオパの最初の反応は、自らの知見を主張し“神の真実”の当事者でありそれを悟らせようとするイエス・キリストを拒絶する態度を見せた。このように“自己中心”の“自分の世界”に止まる者たちは、“神の真実”の前を素通りする。さらには“神の真実”を自らの価値基準で歪めて理解しようとし、理解できる範囲の外にある“神の真実”には直面しようとしない。


2)   インスピレーション&アプリケーション

自己中心の世界観を土台とし、自分たちの経験や悟りにより立て上げられる価値基準。目の前に展開している事柄を理解するときのバイアス(偏見)となる。これにこだわり過ぎていると、二人の弟子たちがそうであったように、目の前にある本当に良いもの、“神の真実”をスルーしてしまう。そればかりか、自分の価値基準に合わせて解釈し“神の真実”を歪めて受け取ってしまう。このような私たちのためにも、真実を正しく悟ることができるように働いてくださる神様。自分の目に掛かるバイアスを知って取り除き、そこにある“神の真実”を受け取ることを選びたい。


3)   メッセージから紡ぐフレーズ

そこにある神の真実。

バイアスを取りのけスルーせず向き合うとき

自分のものとして受け取ることができる。 

© イエス・キリスト誠心教会

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